気が付けば・・・2ヵ月近くも更新していませんでした。コメントを入れてくれた皆さんのブログへのコメント返しが全くできずに、ごめんなさい!

4年生の後半から5年生の中頃にかけて不登校気味だったコタロウですが、今は学校へ通えるようになりました。6年生になり登校班では班長だし、縦割りの掃除班でも班長だしで、忙しい学校生活を楽しんで?いるようです。コタロウが学校へ通えるようになったのは、アトリエの活動のお陰だな~って、アトリエに感謝感謝の母さんです。

4月に入ってからのことですが、珍しくアトリエのH先生から母さんに連絡が入りました。
「お母さんにお話ししたいことがあるので、ちょっと寄ってください!」
こんなことは初めてなので、話ってなんだろ?なんだろ??って、すごく気になりながら仕事帰りにアトリエへ。
するとアトリエのH先生が、今までに(この1年間に)アトリエでコタロウが描いた絵を見せてくれました。母さんは全く知らなかったのですが、H先生は絵を教える美術の先生ってだけではなくて、子供の絵の心理学の先生なんだって。東京の専門学校で講義を持っているって話を初めて聞いて驚いた!

一年と少し前、アトリエに通い始めた頃のコタロウが描いていたのは、空を飛ぶ龍の絵ばかり。どれも、黒・赤・黄の3色を使って描かれています。線は丸みがなくてトゲトゲしていて固いかんじで、なんだか苦しそうな絵でした。先生が、この3つの色ばかりを使う意味や「飛ぶもの」ばかりを描く子供の心理状態を説明してくれました。
最初に描いた絵から順番に見ていったのですが、苦しそうだった固い絵が、だんだん他の色も増えて線が丸みを帯びてきて、伸び伸びした絵になっていく様子がわかりました。

「いつかお母さんにこれを見せなくちゃって思っていたんですけど、お母さん自身も大変なのがよくわかるから、時期が来たら・・・って考えてました。それでね、コタロウ君が最近になって初めてお父さんを表現してくれたものがあるので、これを機に、と思って。」
と言いながら、H先生が最後の1枚を。それを見ながらH先生の説明を聞いて、母さんは本当に納得してしまいました。コタロウは、お父さんに置いて逝かれた、っていう思いが今になって強くなってきているんだな・・・って。
「どうして?なんでお父さんはボクを置いて逝ったの!」
そういうコタの強い思いが伝わってきて、胸が詰まりました。

たぶん、父さんが亡くなったときには、コタにそういう感情はなかったと思う。でも、あれから3年近く経つわけで、コタはどんどん成長して、当時抱かなかった感情が芽生えてきたり、いろんなことを感じて考えるようになってきたんだと思う。コタロウにとって父さんの存在は、亡くなってから更に大きなものに育ってきているのかもしれない。

先生が仰るには、アトリエの子ども達の間でお父さんの話題が出たことが今までに何度かあったそう。そんな時コタは、まるで家にお父さんがいて、お父さんと昨日そういうことがあった、みたいな話し方をするんだそうです。その後にH先生から意外な言葉が・・・
「実はね、Tちゃん(父さん)と私、同級生なの。いっとき一緒に仕事をしていたこともあるんですよ。今まで言えずにいて、ごめんなさいね。コタロウ君がうちへ来てくれたとき、‘Tちゃん、息子さんのことは引き受けたからね。心配しないで’って、心の中でTちゃんに話したの。」

滅多に人前で泣いたりしない母さんですが、こらえきれずに泣いてしまいました。H先生と父さんが知り合いだったなんて・・・。こんなことってあるんだね。父さんが出会わせてくれたのかな。

先生は更に続けて、
「お母さん、今まで文句も言わずにアトリエでのコタロウ君のことを見守ってくれてありがとう。ラジカセやパソコンをハンマーでぶち壊したりするもんだから、‘こんなことを子どもにさせるなんて、気が狂ってる!’ってお叱りを受けたことが何度もあるんですよ。それにしてもコタロウ君は凄い!普通は2~3ヵ月も壊し続けたら飽きてやめるけど、コタロウ君は一年間続いたものね。アトリエ始まって以来の最長記録ですよ~」

もうホントに泣き笑い!!
いろんなことがありすぎで壁にぶち当たりまくりだけど、その時その時々で素敵ないい先生に出会えてるってことは、コタロウも母さんも幸せです。姑運はないけど先生運はあるんだな。

去年の夏、アトリエから持ち帰ってきたコタロウの切り絵。ハンマーでいろんなモノをぶち壊しながら、創作活動に励んでいるようです。
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明日からまた一週間、仕事がんばります。
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by melmo-44 | 2014-06-22 14:04 | こども | Comments(8)

実は4年生の途中から不登校ぎみなコタロウでした。朝の「おはよう」の代わりにくたびれた顔で起きてきて「具合が悪い」と言うようになり・・自分で体温計を持ち出して朝イチで何度か体温を測るのが日課となりまして。測っても残念ながらいつも平熱なんだけど。熱がないことを確認すると次は、
「腕が痛くて鉛筆が持てない」
「足が痛い」
更には急に大袈裟に咳き込み出して、
「咳が出て苦しい」
等々。しかし、どう見ても大したことはなさそう。

こんな状態のコタを最初はなだめたり励ましたりしていましたが、毎朝のように休みたがるもんだから母さんイライラ度マックスになっちゃって、
「いい加減にしてよ。お母さん、仕事休めないの!お母さんが働かなかったら生活できないんだよっ!」
なんて酷いことを言ってしまったこともありました。
「わかってるよ・・・わかってるよ・・・」
って、コタロウ泣いてたっけ。

そんなこんなで困り果てていたときに、当時(4年生の後半くらいだったかな)担任のA先生からお電話をいただきました。先生が仰るには、この頃コタロウの様子がオカシイと。A先生に、同じことを何度も聞くのだそうです。些細なことでも何度も何度も確認しないと心配で次へ進めない、という感じなんだそう。それに早口が酷くなってきていて、1年生のときからずっと一緒にいるA先生でさえも、コタが何を言っているのか聞き取れないことが多くなってきた、とのことでした。
「コタロウ君、なんだかとても不安感が強いように思えて気掛かりなんです。学校生活は今だけじゃありませんから、これからもずっと続くわけですから、どうか焦らないでください。コタ君が学校へ行くのを嫌がるときは、休ませてあげてください。」

A先生にそう言われて、なんだか吹っ切れた母さんでした。その頃のコタロウは布団に入ると毎晩必ず、
「お母さん、死なないでね。絶対に死なないでね。」
と言っていました。コタロウ、「お父さんの死」ってことに関しては、ある程度納得して乗り越えてくれたと思うのですが、元気だったお父さんが突然本当に死んでしまったという体験をして、「次にお母さんが死んじゃったらどうしよう」って、凄く不安で怖くなっていたんだろうと思います。それに、
「お父さんの病気は遺伝なの?ボクもお父さんと同じように死ぬの?」
そう言ったこともありました。

幸いにもうちには暇を持て余しているカズ男さんとシズ子さんがいる。コタは本当に体の具合が悪いわけじゃないから、学校を休んで1日中家にいたとしても じじばばに世話を焼かせるようなこともないしね・・
ってことで、ダメそうなときは休ませることにしました。週4日も休まれると、このまま不登校になるんじゃ・・ってさすがに心配になるけど「無理に行かせない!」と自分に言い聞かせ、別にさ、コタが学校に行かなくたってお母さんはどうってことないからねって素振りで平静を装ったりして。

あるとき仲のいいママ友とそんなこんな話をしていたら、
「うちの子が幼稚園のときから通っていたアトリエがあるんだけど、コタ君には向いてると思うんだよね。すっごく自由で、自分のやりたいように思うようにいろんな工作をしたり絵を描いたりするの。先生は絶対にダメとか言わないしホント自由。うちの子は自由にって言われると‘そんなこと言われても・・・。どうすればいいか言ってくれないとできません’ってタイプだからやめちゃったけど、コタ君には合うかもよ」

それはいいんじゃないの!?コタに合いそう!!早速そのアトリエとやらを紹介してもらって電話をかけて、初めて足を運んだのが4年生の3月でした。お試しで一回連れて行ったらコタはメチャメチャ楽しかったようで、
「アトリエに通いたい!」
それからは、アトリエ教室のある毎週水曜日だけは休まずに学校へ行くようになりました。

アトリエへ通い出して7ヵ月ほどたった今でも、アトリエへは楽しく通っています。5年生の夏休み明けからは、朝も「おはよう」と起きてきてすんなり学校へ行くようになりました。また逆戻りする可能性もあるけれど、とにかく今は心身共に調子がいいようなのでホッとしています。


プレハブ小屋がアトリエのお教室。壁は落書き?だらけ。先日のアトリエは、こんな感じでした。この日はみんなで新聞紙をビリビリに破いて新聞紙の海で遊んだんだって。
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このビリビリ新聞紙のトルネードがコタロウです ⇓
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焦らずに、だよね。
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by melmo-44 | 2013-11-10 11:25 | 学校のこと | Comments(8)